3児のママが見たヨーロッパ

バルセロナ・ロンドン・パリで暮らしてきた3児の母からの欧州の風便り。長年の主婦生活で抱えていたいらいら&もやもやをコーチングがきっかけで払拭。あなたはあなたのままでいい。みんなちがってみんないい。一緒に「よい母親」より「幸せな母親」になりましょう。

雪の日に思うパリのホームレスのおじさん2

前回のお話はこちら。 

tomo-rainbow.hatenablog.com

 

次の日。

完全に母性が湧いてきた私は、

とにかくその人に栄養をつけてほしいと思った。

 

玄米おにぎりでも持っていきたかったが、

西洋人の口には合わなかろうと。

ここはサンドイッチかな。

 

差し出すにしても一つ、心に決めていた。

それは、<無理はしない>。

自分の生活第一。

その範囲でできること。

 

家にあるものでポテサラをつくっていたから、

ポテサラと卵のサンドイッチをつくって、

ラップで巻いた。

あとは夫が履かないと言っていたまだきれいな靴下。

お水は大きなペットボトルを脇に置いていたからいいか。

 

断捨離して余分な毛布とかがない。

あの大きなフリースとっておけばよかった。。

 

そんなことを考えながら

サンドイッチと靴下を紙袋に入れて持っていく。

 

その人はベッドに腰かけていた。

私のフランス語力からして言えたことは、

「ボンジュールムシュー」

紙袋を差し出すと、まるで日本人のように会釈して

メルシと小声でその人は言った。

 「どういたしまして」

あまり表情を変えずにさっと帰った。

 

 

偽善という言葉がある。

でも偽善でもいいと思った。

目の前にいたから。

それでいいんじゃないかと。

 

それに、今日も変わらず寒いけど、

あなたを気にかける人がいる、ということを伝えたい気持ちがあった。

辛いことばかり経験しているかも知れないけれど

世の中、悪い人ばかりじゃないってことを少しでも感じてほしかった。

それはエゴかもしれない。

 

次の日は、バナナと

防寒にも、汚物の処理にも使えるだろうと新聞紙を持って行った。

 

他にも誰かが寄付したようなスーパーのエコバックがおいてあり、

私は、他にも支えている人がいるのだとほっとした。

(バルセロナいるときも思ったことだが、スーパーやパン屋で買った袋を

ごそっと袋ごと渡す太っ腹な人もこちらでは結構見かけるのである)

 

 

その次の日は、余裕がなく、行かなかった。

 

 

そして週末。

夫がちょうど処分しようと思っていたという

セーターを出してくれた。

暖かそうなしっかりしたセーターで、

これを中に着れば随分暖かいのじゃないかとうれしくなった。

さらに冷え込んだその日はカボチャスープを作ったから、

飲んでほしくてプラスチックの深皿に入れて

プラスチックのスプーンをつけて持って行った。

 

あれ?

 

マットレスはあったが気配がない。

荷物は一部あった。

 

迷ったが、帰ってくるかもとスープもセーターも

人目につかないように置いてきた。

 

 

翌日、

スープもセーターも毛布も全部なくなって、

その人はどこかへ消えた。

 

 

 

ふふううう。。。。

 

 

 

その人のために何かを準備することは苦痛ではなかった。

何もしないよりむしろ癒された。

 

でも、いなくなったことが分かったとき、

心底ほっとした自分がいた。

 

もう悲しい姿を見なくて済むからだ。

 

 

おじさんはどこか別の場所へ行ったのだろうか。

他のホームレスの人たちと交流する姿もなく、

たくましさとは無縁の、ひょろりと頼りなげで、

優しいのだろうと感じられるひと。

きっといいおうちで育ったのだろうひと。

 

おじさんどこかで生きてますか。

粉雪舞うパリの街を見ながら、貴方を思い出しています。

雪の日に思うパリのホームレスのおじさん1

ここ数日、パリに珍しく雪が降り続けている。

気温も-6度から2度くらいを行ったり来たり。

ふうさむい。。

 

冷え込むと、思う。

この街のホームレスの人たち、この寒さでどう生きているのか。。

 

パリには路上で物乞いをする人もたくさんいるが、

店先やちょっと屋根のある場所で寝ているホームレスの人もたくさんいる。

 

これまで、車窓から、

もしくは買い物途中にそういう人たちを目撃しても、

彼らのために立ち止まるということはなかった。

視界に入って、あ、と思うのだが、

自分が何かできると考えたことはなかった。

 

彼らは彼らで友人関係があるように見えたこともあったし、

寝袋やお酒や彼らなりに生きているのだと

自分を納得させて考えないようにしていたところがある。

私がみんなに食事やお金を配り歩くことはできないのだからと。

 

でも、10月に見かけたホームレスの男性を

私は通り過ぎることができなかった。

 

パリで10月というとガクッと寒くなる時期だ。

先週まではあたたかかったのに、突然寒くなった週があった。

 

うちのマンションはセントラルヒーティングで、

個人個人で暖房をつけることはできない。

寒くなると、「早く暖房入れてくれないかなあ」と毎回思う。

もう十分寒いと思うのに、

費用節約なのか、なかなか暖房が始まらないからだ。

でも、ひとたび暖房が始まれば、春先までは快適にあたたかく過ごせる。

 

寒いなあと思いながら子どもたちのスクールバスのお迎えに下に降りた。

すると、昨日まで誰もいなかった門出て少し左に折れたところの

小スペースに男性が寝ていた。

 

あ、、、

 

パリではよくあるのだが、

だれかが捨てただろうベッドのマットレスを敷いている。

そして頭には枕代わりのリュック。

うすいフリースのような毛布のようなものを

足の先から首までピンと張ったようにして寝ている。

マットレスからはみ出るくらいの身長があるのに、

薄い厚みがその人の細さを思わせた。

 

 

その夜。

 

パパが出張でいないからと

3人の子どもたちを私は一緒に寝ることになった。

夏用の薄めの羽毛布団をかけても、なんだか冷える。

子ども部屋からタオルケットを追加して。

 

家の中にいて、布団かぶってこんなに寒いのに

あの人はどんなにか寒いだろう。。

 

そんなことを考えながら寝た。

いや、寝れない。

あの人、寒いだろうなあ。

気になって仕方がない。

なんでうちの前にいるんだろう。

知ってしまって苦しかった。

 

 

次の日の朝、おじさんは寝ていたが

買い物に出るときに再び見ると、

ベッドにおじさんはいない。

 

ふと横を見ると、我が家とは反対側の壁におじさんが立っていた。

 

 

何してるんだろう。

 

 

おじさんは頼りなげにゆらゆらと揺れながら、

ときどき頭を壁にもたげるかのように斜めに立っていた。

そして、壁に向かってぶつぶつぶつぶつしゃべっていた。

情けないような風情で半分笑いながらしゃべっていた。

よれよれのジャージ。

顔は赤くて酔っているようだった。

 

そして、なんてことだろう。

この寒さというのに、足は裸足だった。

この寒さというのに、靴を履かずにいられる

彼の精神状態にショックを受けた。

 

彼のマットレスを見ると、ベッドメイクされている。

くつはベッドサイドにきちんとそろえてある。

ゴミはまとめられている。

わずかな空間だけれど、モノも少ないけれど

彼が秩序を持ってくらしているのが分かった。

 

そのことが、

 

「ああ、この人もちゃんとした家庭で育てられた<ひと>なんだ」

 

ってことを私に感じさせた。

その男性が一瞬、自分の息子のように想像してしまう。

こんな姿になって。。

次の瞬間、猛烈な悲しさが襲って、胸がつまった。

この人にだって親も兄弟もいただろうに。

 

彼はとても危害を加えるような危険な人には見えなかった。

 

 

バスから降りた子どもたちを引き取り、
またおじさんの前を通った。

娘にもこういう人の存在を知らせたくて、
 
 
「ほら、あそこにおじさんがいるでしょう」
 
 
というと、
トイレに行きたい娘は急ぎながら言った。
 
 
 
「うーん。でも仕方ないよね」
 
 
 
 
(・・・・!)


 
 
心根の優しい娘は
なにか優しい言葉を返してくれるかと思っていた私は
ショックを受けた。

仕方ないって言っちゃうかあ・・・

 

 

でも、、

彼女の「しかたないよね」はどうでもいいという意味ではなかった。
私たち家族は、今まで何人もの物乞いの人、ホームレスの人を見てきたのだ。

「お金あげたら?」という娘を

「きりがないからね」と言って、

そういう人たちの存在を無視して通り過ぎてきたのは私たち親の方だった。

さらに、ロマと呼ばれる人たちの営業的物乞いの話や、
スリ集団の話、いろいろと聞かされる中で、
「路上にいる見ず知らずの人たち」の違いもよく分からないし、

だんだんそういった人たちに対する共感する気持ちに

蓋がされていったのだろうな。

その結果の「しかたない」なのだ。

そして事実、全員に何かできるわけではない。

自分で立ち上がらなければならない。

という意味で、「しかたない」は大人な発言でもあった。
 

 

でも、今回は違う気がした。

この突然の寒さの中で

あきらかに困っているひとがたまたま目の前にいる。

その人のことを思って、夜も寝れない。

 

「差し出せるものを差し出すときだ」

 

と私は思った。 

 

母カフェParis☆2月の予定

こんにちは!

パリで育児中のお母さんのための座談会カフェ

母カフェParisのともこです。

 

暗くて長いヨーロッパの冬。

お母さんも子どももビタミン補給必須!

あとは楽しくおしゃべりして乗り切りましょう♪

 

毎回くどいですが・・・母カフェってなあに?

↓ 

tomo-rainbow.hatenablog.com

 

参加者のご感想♪

tomo-rainbow.hatenablog.com

 

 

おしゃべりしてリフレッシュしたい!

そんなお近くの方、

どうぞお気軽に遊びにいらしてくださいね。

以下に2月の母カフェの日程をお知らせします。

 

 

◆日時

2月6日(火)10:00-12:00

2月16日(金)10:00-12:00

 

◆対象者

パリ近郊在住の小学生以下のお子さんをお持ちのお母さん。

または妊婦さん。お子さん連れ歓迎。

 

◆場所

パリ15区(お申込み時詳細お知らせ)

 

◆参加費

1組3ユーロ(お茶代として)

 

◆定員

毎回5組

 

◆持ち物

お子さん連れの場合は、いつものお出かけグッズ。

(飲み物、スナックもあるとよいかもしれません)

 

◆申し込み方法

cafedesmamansinparis@gmail.comまで

お名前、お連れになるお子さんのお名前と年齢、電話番号、できましたらどなたからの紹介かをお書きになってお申込みください。先着順にて参加可否を返信させていただきます。

ママにとってキッチンは<罪悪感>の多発地帯!?

みんなに得手不得手があり、

それを多少なりとも生かしながら働いていくのが人生と思いますが、

 

女性は、なんだか結婚した瞬間から、

 

< 妻=料理をするひと >

 

というプレッシャーが襲ってきませんか?

 

 

今でも忘れないのが、

結婚することになり新居に引っ越してきたとき、

台所を見て湧いてきた感情。

 

「え・・・今日から1日3食、

一生私がつくるのか???」

 

新婚のうきうきはどこへやら~

その途方もなさに

もう心底ゾゾーーーーーー!!!!っとしっちゃったわけです。

 

 

実家では母に甘えっぱなし。

いつも料理は出てくるのが当然。

それも、汁ものあり、野菜たっぷり、おかずもボリュームありだったなあ。

お母さん、なんて偉大だったんだ・・・

 

独身時代はランチは社食。

夜は飲み会も多かったし、

1人だから出来あいを買うことも多く。

夫とも互いに働いて、一緒に飲みに行き、、と

同じようなリズムの暮らしをしていました。

 

「結婚」

 

この二文字によって、

今までのライフスタイルに妻側だけに

「毎日3食作る」って仕事がどーんと乗っけられたように感じ、

その重さったら結構なもので。

 

うちの場合、

夫は独身時代から料理する人だったから

「一緒にやればいいね」と考えればよかったのに、

当時、夫は激務だったし、

専業主婦の母親世代を見て育ったので、

自分がやらなきゃならないのだと強く思っていました。

 

料理本買って、テンションあげて買い物して、

「よい妻」演じられるのはどれくらいかな(笑)

何事も毎日って習慣になるまでとても大変です。

 

さらに、

喜んでほしい、健康でいてほしいと作ったものの、

たいしてうまくいかなかったとか、

とくに美味しいというリアクションがないとか。

(あるある)

 

自分も疲れちゃってていやいや料理するとか、

できた料理を見て、

「ああなんか品数少ない・・」とか、

「もっと彩りよくしたいのにな・・」とか、

 

でました!

一汁三菜呪縛!!!

 

 

そういう自己反省を日々繰り返していくと、

いつの間にか、キッチンが

妻として母としての<罪悪感>の場所になっちゃうんですよね。

 

もうつくづく感じました。

料理を習慣にしとくんだったって(笑)

でも料理以外にやりたいことがいっぱいあったんだよなー 

 

昔の若いお母さんたちは、

母親のとなりで、お姑さんのとなりで見よう見真似で

覚えていったのかな?

 

わたしたちの親世代は

「猛烈サラリーマン&専業主婦」という家が多く、

女性が料理するっていう環境で育ってきました。

そして今も続く核家族。

 

今のお母さんたちって、

親と一緒に料理をしてこなかった場合、

とく誰にも教えてもらうことなく、

一人で家族の健康を支える役を、

仕事しながら、

育児しながら、

やっていくことになるわけです。

 

さらに、昨今のインスタ映え料理上手?とか

雑誌に登場する家もきれいで食事も美しい出来るママ?とか。

いやー。日本のお母さんそんなの目指したら大変!

  

日々の料理を楽しめる素養のあるひとは万々歳!

でも女性も個性はいろいろで。

料理は苦手でも、他にすばらしい才能のあるひとはいっぱいいて。

だいたい毎日ってすごいことで。

 

一方で・・・

やっぱり料理は基本的な生きる力。

命をはぐくむ源でもあるよなあって。

できれば健康的で美味しい食生活を

誰でも願っていると思います。

 

 

そんなあなたに!

オーストラリア発マーシャン祥子さんによるフードセラピー

子育てを楽にするFood Therapy — HOLISTIC FOOD JOURNEY

ちょっとのぞいてみてくださいね。

 

ずぼらってワードが私みたいなタイプはバシバシきちゃって(笑)

シェフでありながら二児の母、波乱万丈の人生を歩む祥子さんが、

 

新時代の栄養バランスのこと、

食材のこと、

献立の軸のこと、

マインドのこと、

実にバランスよいオンラインプログラムをつくってくれています。

 

わたしは何ごとも偏る、固執することが苦手で、

常に自分主体で適当にバランスよくありたいタイプ。

だから正直言いますと、

自然食一辺倒!とか苦手なんです・・

でも、家族には健康でいてほしい。

 

このプログラムだと、

ゆるい食育によって知識を得ながら、

次第にじぶんに軸ができていくのが魅力です。

 

さらに、

家事育児健康まわりの各分野のスペシャリストの講座も入っているので、

料理以外のお悩みも相談できてしまうという。

わたしは参加初回で子どもとの関係について気づきをもらいました。

 

そしてFacebookの非公開コミュニティがあり、

世界中のお母さんと色々な情報や思いをシェアできます。

 

あ、私なにかを人に強く勧めることも苦手でして・・

全員に必要だとは思わないし、

自分の人生に必要なものは、自分で判断したらいいと思うのです。

 

でも、もし、これ私のことかも!?と思ったら

一度サイトを覗いてみてみてくださいね♪

レシピだけ教わるところじゃないです。

レシピのレパートリー広げたいだけなら他の先生でいいかも。

祥子さんはもっとでっかい夢のあるテケトー先生です(笑)

現在5期生のみなさんが悩みを共有しながらわいわいやっています♪

 

それと、

土井善晴さんの著書「一汁一菜でよいという提案」もいいですよね。

料理へのハードルをえいっと下げてくれる素晴らしい哲学書だなって。

わたしはとってもインスパイアされました!

 

さあ、末っ子との昼ごはん用意しよっと。

母カフェParis☆多様なお母さんが集まると・・・

パリで育児中のお母さんのための座談会カフェ、

母カフェParis

おかげさまで1月も満員御礼です。

 

先日、新年初の母カフェがありました。

とても印象的でしたので記録。

 

3度目の参加となる若いお母さん。

しばらく会っていなかった間に、

お子さんへの授乳も卒業したそうで、

以前の印象よりパワーアップしているのがすぐ分かりました。

 

それだけでもうれしいのに、

 

「ともこさんの母カフェみたいに

 自分にもなにかできないかと思って・・」

 

と、ある<夢>を語ってくれたのです。

 

1度目の参加時は、育児で疲れてます・・・という会話だったのに。

そう、育児は同じ状況がずっと続くわけではないんですね。

 

それに、彼女はパリの掲示板を見るやすぐ初回の母カフェに申し込んでくれて。

現状変えたいときは、自分のカンを頼りに、

いつもと違う行動するってすごくいい気がします。

 

違うことをすると、違う人と出会い、

人の話を聞いたり、笑ったりしているうちに、

眠っていた気持ちが出てくるってあると思うんです。 

 

母カフェまだ10回にも満たないですが、

ひとりのお母さんの変化を感じて、わくわくしてしまいました♪

 

 

 

そして、

今回の母カフェの特徴は、

メンバーの多様性。

 

渡仏歴は、3週間(ほやほや!)~20数年。

仕事歴も、現役バリバリフルタイム~音楽家かつ自由人~専業主婦。

子どもも、一人っ子~3児。

 

プロフィールだけ見たら、

話噛み合うのかな?みたいな(笑)

 

でも、これがとても楽しかった!

異なるバックグラウンドを持つ参加者のみなさんが

それぞれに寛容さを持ち合わせ、おしゃべりしたとき、

母としての共感はベースとしてありながらも、

互いの話の中に思わぬ発見があったり、

思いもよらぬ体験談に大笑いしたり。

(今思い出しても笑う・・)

それぞれのエリアから、よい情報交換ができたり。

生きる喜びなんて深い話もすこし。

 

同じ境遇のひと同士で、

共感し合い、笑い合う心地よさもたまりませんが、

今回は、ダイバーシティ(多様性)の魅力を肌で感じました。

 

日本人同士でもこんなに視点が違うんだから面白い。

居住歴長い方たちからはフランスからの風もびゅんびゅん吹いて。

 

 

日本のお母さん、もっと自由になろう!

人生を楽しもう!

 

 

そう思った会でした♪

ご参加でしたみなさんありがとうございました!

 

☆参加者の方から「母カフェはパワースポット!」というありがたいお声が。

 というわけで、パリの新名所として(笑)

 お近くの方、どうぞ気軽にご参加ください♪

娘が描くママの似顔絵が気づかせてくれたこと

娘は幼い頃から絵を描くのが好きで、

時折、私の顔も描いてくれるんですが、

 

どうもお母さんに元気がないとレーダーが感知すると、

作製に入るみたいなんですね。

 

で、応援メッセージみたいなのをつけて

「はいお母さん♪」とくれたりする。

 

 

それで、初めての海外生活でスペインに渡航する直前のことですが、

お友達や親せきがうちに遊びに来て、

エールを送られたり、お別れを言うことが続いたんです。

 

当時、夫はひとりで先にスペインに渡航し、

その半年間は、4歳の娘と新生児の息子と3人暮らし。

幼稚園児と新生児の日々の世話に加えて、引っ越し準備、スペイン語の勉強と

記憶がないくらいのフル回転。精いっぱいの日々。

 

それが、渡航直前になって、

連日、色々な人が会いに来てくれて、

応援され、お別れを言われて、

スペイン行くことが急にリアルになって

ウルウルの毎日で。

 

私的には結構耐えていたんですが、

でも、最後に大好きな会社の先輩が「元気でがんばんなさいね」って

ぎゅーーっと思いきりハグしてくれたときは

一気に気がゆるんで、見送りながら号泣。。。

 

そうしたら、

娘は家に帰ってぐりぐりぐり・・・と絵を描いて。

はい♪と。

そこには、こう書いてありました。

 

 

<みんないっしょだからだいじょうぶ>

 

 

そのひらがなで書いた言葉をまるで囲んで、

まわりに家族4人の顔が描いてあって。

 

 

そうかあ。そうだよねえ!と。

 

 

いやー4歳だったのに、器が大きくて。

娘よあっぱれと感動したものです。

 

 


さて、それから随分して、欧州生活半ば、

娘がやたら絵をくれるときがあって。

 

で、絵をもらって何枚目かに気付いたんですが、

かならず私の顔の横にふきだしがあって、

<同じセリフ>を言っているんです。

 

 

それは

 

 <がんばるぞ!!>

 

  

見ると、わたしは片腕をつきあげていたり、

なんだか勇ましく、意気込んでいます。

 

実際の絵がこちら↓

 

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これいつも描く娘の絵と違って、

目が吊り上がってて。

もちろん本人に悪意はないんです。

でも、ハッとしました。

 

きっと今のわたしは、

こうやって「がんばるぞ!」って一人で意気込んで、

すごく力が入ってるんだろうって。

 

思えば、

第三子妊娠、引越し、出産、月金出張で不在の夫などいろいろあって、

平気なふりしても、実はとても疲れていて。 

 

赤ちゃんだった末っ子に癒されて、

周りの方にもたくさん助けていただいて、

よいパワーもいっぱいもらって、

ハッピーな時間もたーくさんあったんです。

 

けれど一方で、

でも日々やらなきゃいけないことはあって。

こんなお母さんでいたい、という理想もあって。

忙しすぎる夫とすれ違うことも多くなり、

実際は体も気持ちも追いつかず、ほころんで。

 

不機嫌だったり、

自分でもコントロールできないほど、

いらいらする瞬間があったり、

1人で虚しさにおそわれているときもありました 。

 

 

こどもって本当によく見てるなあって。

娘も、きっと深いところでぜーんぶ分かってて。

 

でも!ここが子どものすごいところなんですが、

ぜーーんぜん母親のことを責めてないんです。

案外大らかに受け止めたり、

自分の言動によってさらにエールを送ってくれたり。

 

( 先日、ある方から、

  子どもはだらーっと部屋で過ごすことで、

  「お母さんも、もっと力抜いてだらっとしなよ」

  ってメッセージを送っているみたいよ、

  という話を聞いて納得しちゃいました  )

 

 

娘の場合は、この時、絵で

「がんばらなくていいんだよ」って

言ってくれてたんだなあと。

今さらじんとします。

 

小さかった娘からのエールの話はこちらにも↓↓↓

(わたし娘に応援されっぱなし・・・) 

tomo-rainbow.hatenablog.com

 

 

 

そして、最近描いてくれる似顔絵はこちら↓

 

f:id:tomo_rainbow:20180116211818j:plain

 

 

画風が違うとかつっこまないでくださいね(笑)

にっこりしててうれしい♪♪

 

だって、本来のわたしは、

マイペースで、

明るくしていることが好きで、

面白いこといって笑う人だったんだから。

 

目を吊り上げて、がみがみ。

そんなキャラじゃないんです。

妖怪がとりついてたね(笑)

 

 

小さいときは家族の役に立つ調整役の

「いい子」でいようとしていたし、

主婦、母親、そういう役割に自分がなった瞬間から、

なんだかまた、

 

<主婦だから~でなければ/してはいけない>

<母親だから~しなければ/~してはいけない>

 

みたいな呪縛にかかっていたんですね。

で、理想どおりにできない自分を責める。

負のループ。

 

誰も直接わたしに言ったわけじゃないのに。

自分で思いこんでただけなんです。  

 

もう呪縛はほぼ脱ぎ捨てたれたかな~

コーチングをきっかけに、気づきが気づきをよび、

かる~い心を取り戻してきている私です。

 

どうやって?

それは話せば長くなるので

また今度~ 

母カフェParis☆1月の予定

みなさん、

新年あけましておめでとうございます。

 

パリ在住3児の母、ともこです。

 

昨年10月から始めました

パリで育児中のお母さんのための子連れ座談会カフ

母カフェParis☆

 

母カフェってなあに?

↓↓↓ 

tomo-rainbow.hatenablog.com

 

 参加者からの声は?

↓↓↓

 

tomo-rainbow.hatenablog.com

 

嬉しいことに毎回満員御礼です。

12月の初交流イベントも15名のお母さんたちと8名のお子さんに

ご参加いただき大盛況でした♪

 

 

 「心が軽くなった」

 「リフレッシュになった」

 

 

育児中の大変さ、異国で暮らすことの大変さが分かるから、

そんな言葉がうれしいです。

 

 

お友達づくりの場所として、

情報収集の場所として、

つかの間の息抜きの場所として、 

 

みなさんの思いのままに使ってくださいね。

そして色んな声を聞かせていただき

母カフェを一緒につくっていただけたらうれしいです。

 

 

今年はじまる新しい取り組みをひとつご紹介。

来てくださったお母さんの声がきっかけで、

絵本の貸し出しを始めることにしました。

 

その名も、  

 

 

母カフェ文庫☆

 

 

異国育児では自分の子どもの月齢、年齢にあった絵本を

入手するのが大変ですよね。

周りのお母さんたちに寄贈していただいた絵本。

ぜひ手に取ってみてくださいね。

(絵本の寄贈も随時受け付けております)

 

 

では、遅くなりましたが、

1月の母カフェ日程をお知らせします。

 

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◆日時

1月19日(金)10:00-12:00

1月30日(火)10:00-12:00

 

◆場所

パリ15区 ※詳細はお申し込み後お伝えします。 

 

◆対象

パリ在住の乳幼児~小学生以下のお子さんをお持ちのお母さん(お子さん連れ可)。妊婦さん。

 

◆参加費 

一律3ユーロ(お茶代として)

 

◆持ち物

お子さん連れの場合は、いつものお出かけセット

 

◆お申し込み方法

cafedesmamansinparis@gmail.com

にお名前、お子さん連れの場合は月齢、連絡先電話番号、メールアドレス、そしてできればどなたからの紹介でお知りになったかお書きになってお申込みください。先着順ですので、参加可否を返信させていただきます。

※二回目以上の方はお名前だけで大丈夫です。

 

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2018年が皆さんにとって明るいものとなりますように!

今年もよろしくお願いいたします☆

こどものやさしさにハッとするとき

こどもって本当にやさしい。

 

我々親は、普段子どもに

自分の機嫌でこどもを必要以上に怒ってしまったり、

余裕がなくて話を聞いてやれなかったり、

そんなことばかり。

 

一方、小さなこどもたちは、 

普段、よく兄弟喧嘩している子も、

普段、言うことをなかなか聞かない子も、

 

いざ親にピンチがおそいかかったとき、

 

親のように

「どうしてこんなことになったの!?」

と問い詰めたりはしない。

 

ただ純粋に心配して

「だいじょうぶ?」

と声をかけてくれる。

 

 

そう。

 

例えば、子どもがお醤油差しを割ってしまったら

多くの親はきっと「えー!!」とか

「なにやってんの!!」とか

「よく見なさい!」とか言うだろう。

 

でも、小さい子どもたちは違う。

親が同じことをして「ひゃ!」と声をあげたとき、

追い打ちをかけるように、

「なにやってるの?!」とか

「だめじゃん!」とかは言わない。

 

まず「ママ(パパ)だいじょうぶ?」とか

「痛いの?」とか言うのだ。

 

もしくは、ただ「割れちゃったねえ」と

共感してくれる。

 

 

相手を思う気持ちを素直に表現できる子どもたち。

「怪我ない?」の前に「なにしてんの!」という親たち。。

 

反省。。。

 

子どもの素直な言葉がけにハッとさせられるときがあります。

子どもの愛はでっかいです。