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3児のママが見たヨーロッパ

バルセロナ・ロンドン・パリで暮らしてきた3児の母からの欧州の風便り。長年の主婦生活で抱えていたいらいら&もやもやをコーチングがきっかけで払拭。一緒に「よい母親」より「幸せな母親」になりましょう。

育児書よりためになった老夫婦の言葉@日本

第1子妊娠中の話。

 

仕事が産休に入ったらどんどんお腹が膨らむから不思議である。

臨月は夏だったし、誰も目からも妊婦であることは明らかだった。

 

1人で電車に乗っていると、いかにも品の良い老夫婦が乗ってきた。

目と目が合って微笑みあう。

私の隣に奥様が座り、ご主人に席を譲ろうとしたが、丁寧に断られた。

(妊婦に譲られても困るよね・・・)

 

 「いつなのかしら?」

 「あ、来月なんです」

 「ああやっぱり。そんな感じだと思ったから。楽しみねえ」

 

 「あのね、赤ちゃんが生まれたらね、いい言葉を沢山かけてあげてね」

 

 「赤ちゃんて何も分からないように思うでしょ。

  でも言霊ってあるのね。

  赤ちゃんも全部分かっているのよ。

 

  お外の風にあたったら 気持ちいいねえ

  沐浴したら さっぱりするねえ

  音楽が聞こえたら 楽しいねえ

  パパの顔見せたら うれしいねえ。

 

  そうやって楽しい言葉、うれしい言葉、きれいな言葉、

  いい言葉を沢山たくさん浴びせてあげるでしょ。

  そうするとよい心がどんどん育つものなのよ」

 

次の駅で私は降りた。

この出会いはたった3、4分だったのだが、

私の中に鮮烈な印象を残した。

 

そうか、そうだな、

意識していい言葉をいっぱいかけてあげよう。

これは私の育児の軸になった。

 

新生児に小声で話しかけまくる私。 

「お尻きれいになった~気持ちいいねえ。すっきりすっきり!」

「お外あったかいねえ。そう?うれしいのねえ。そうかあ。うれしいねえ」

「お花が咲いてるねえ。きれいねえ。そう?〇〇ちゃんも好き?」

こんな感じ。

 

 目や手足の動きや表情から、勝手に返事も受け取っていたので、

私は本気で、娘は新生児から話していた、と信じているくらいである。

(ちなみに、産後2週目、夜中の授乳でへとへとで、さっと起きれず、

 添い寝したまま、ごめんねママちょっと疲れちゃった・・と言ったら、

 手を伸ばして頭を触ってくれたことも、

 「いいよ」って慰めてくれたのね!と勝手に感激したり・・)

 

もう少しして難しい時期、娘は癇癪をおこすことがあった。

「だーいじょうぶ。大丈夫よ」

「はい!じゃあこうしてみる?ほら~できたね」

うーん、今思えばなんと忍耐強かったことだろう。

 

この電車で数分会った老夫婦のおかげで、

意識してポジティブな言葉を通して、娘と対話を続け、

通じ合う一体感を感じながら育児できたような気がするし、

そのことで生まれた親密な感情は、

娘にとってよかったという以上に、

産後の心身ともに疲れ切っていた時期から

初めての育児に戸惑う私自身を大いに支えてくれた。

 

でも、、、、、、

親とは子どもの成長と共に、欲張りになるもので、

大きくなるごとに、

 「どうして〇〇してないの?」

 「早く〇〇しなさい!」

ついイライラもぶつけるし、

肯定しそのまんまを受け止める言葉より、

要求する言葉が増えている気がして(いや、そう)反省。

 

赤ちゃんの時、私ってマリア様?と思うくらい

あんなに広い心で楽しくやっていたのに(笑)

 

まあお母さんも人間だからゆるしてね。 

 

 今日の言葉。

 「言葉には言霊があるのよ。

  よい言葉をたくさんかけてあげてね」

 

指針になったことは間違いない。

お二人の雰囲気といい、タイミングといい、

不思議な出会いだった。