3児のママが見たヨーロッパ

バルセロナ・ロンドン・パリで暮らしてきた3児の母からの欧州の風便り。長年の主婦生活で抱えていたいらいら&もやもやをコーチングがきっかけで払拭。あなたはあなたのままでいい。みんなちがってみんないい。一緒に「よい母親」より「幸せな母親」になりましょう。

雪の日に思うパリのホームレスのおじさん1

ここ数日、パリに珍しく雪が降り続けている。

気温も-6度から2度くらいを行ったり来たり。

ふうさむい。。

 

冷え込むと、思う。

この街のホームレスの人たち、この寒さでどう生きているのか。。

 

パリには路上で物乞いをする人もたくさんいるが、

店先やちょっと屋根のある場所で寝ているホームレスの人もたくさんいる。

 

これまで、車窓から、

もしくは買い物途中にそういう人たちを目撃しても、

彼らのために立ち止まるということはなかった。

視界に入って、あ、と思うのだが、

自分が何かできると考えたことはなかった。

 

彼らは彼らで友人関係があるように見えたこともあったし、

寝袋やお酒や彼らなりに生きているのだと

自分を納得させて考えないようにしていたところがある。

私がみんなに食事やお金を配り歩くことはできないのだからと。

 

でも、10月に見かけたホームレスの男性を

私は通り過ぎることができなかった。

 

パリで10月というとガクッと寒くなる時期だ。

先週まではあたたかかったのに、突然寒くなった週があった。

 

うちのマンションはセントラルヒーティングで、

個人個人で暖房をつけることはできない。

寒くなると、「早く暖房入れてくれないかなあ」と毎回思う。

もう十分寒いと思うのに、

費用節約なのか、なかなか暖房が始まらないからだ。

でも、ひとたび暖房が始まれば、春先までは快適にあたたかく過ごせる。

 

寒いなあと思いながら子どもたちのスクールバスのお迎えに下に降りた。

すると、昨日まで誰もいなかった門出て少し左に折れたところの

小スペースに男性が寝ていた。

 

あ、、、

 

パリではよくあるのだが、

だれかが捨てただろうベッドのマットレスを敷いている。

そして頭には枕代わりのリュック。

うすいフリースのような毛布のようなものを

足の先から首までピンと張ったようにして寝ている。

マットレスからはみ出るくらいの身長があるのに、

薄い厚みがその人の細さを思わせた。

 

 

その夜。

 

パパが出張でいないからと

3人の子どもたちを私は一緒に寝ることになった。

夏用の薄めの羽毛布団をかけても、なんだか冷える。

子ども部屋からタオルケットを追加して。

 

家の中にいて、布団かぶってこんなに寒いのに

あの人はどんなにか寒いだろう。。

 

そんなことを考えながら寝た。

いや、寝れない。

あの人、寒いだろうなあ。

気になって仕方がない。

なんでうちの前にいるんだろう。

知ってしまって苦しかった。

 

 

次の日の朝、おじさんは寝ていたが

買い物に出るときに再び見ると、

ベッドにおじさんはいない。

 

ふと横を見ると、我が家とは反対側の壁におじさんが立っていた。

 

 

何してるんだろう。

 

 

おじさんは頼りなげにゆらゆらと揺れながら、

ときどき頭を壁にもたげるかのように斜めに立っていた。

そして、壁に向かってぶつぶつぶつぶつしゃべっていた。

情けないような風情で半分笑いながらしゃべっていた。

よれよれのジャージ。

顔は赤くて酔っているようだった。

 

そして、なんてことだろう。

この寒さというのに、足は裸足だった。

この寒さというのに、靴を履かずにいられる

彼の精神状態にショックを受けた。

 

彼のマットレスを見ると、ベッドメイクされている。

くつはベッドサイドにきちんとそろえてある。

ゴミはまとめられている。

わずかな空間だけれど、モノも少ないけれど

彼が秩序を持ってくらしているのが分かった。

 

そのことが、

 

「ああ、この人もちゃんとした家庭で育てられた<ひと>なんだ」

 

ってことを私に感じさせた。

その男性が一瞬、自分の息子のように想像してしまう。

こんな姿になって。。

次の瞬間、猛烈な悲しさが襲って、胸がつまった。

この人にだって親も兄弟もいただろうに。

 

彼はとても危害を加えるような危険な人には見えなかった。

 

 

バスから降りた子どもたちを引き取り、
またおじさんの前を通った。

娘にもこういう人の存在を知らせたくて、
 
 
「ほら、あそこにおじさんがいるでしょう」
 
 
というと、
トイレに行きたい娘は急ぎながら言った。
 
 
 
「うーん。でも仕方ないよね」
 
 
 
 
(・・・・!)


 
 
心根の優しい娘は
なにか優しい言葉を返してくれるかと思っていた私は
ショックを受けた。

仕方ないって言っちゃうかあ・・・

 

 

でも、、

彼女の「しかたないよね」はどうでもいいという意味ではなかった。
私たち家族は、今まで何人もの物乞いの人、ホームレスの人を見てきたのだ。

「お金あげたら?」という娘を

「きりがないからね」と言って、

そういう人たちの存在を無視して通り過ぎてきたのは私たち親の方だった。

さらに、ロマと呼ばれる人たちの営業的物乞いの話や、
スリ集団の話、いろいろと聞かされる中で、
「路上にいる見ず知らずの人たち」の違いもよく分からないし、

だんだんそういった人たちに対する共感する気持ちに

蓋がされていったのだろうな。

その結果の「しかたない」なのだ。

そして事実、全員に何かできるわけではない。

自分で立ち上がらなければならない。

という意味で、「しかたない」は大人な発言でもあった。
 

 

でも、今回は違う気がした。

この突然の寒さの中で

あきらかに困っているひとがたまたま目の前にいる。

その人のことを思って、夜も寝れない。

 

「差し出せるものを差し出すときだ」

 

と私は思った。